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『豊田東八幡宮』 -下関市立豊田文化財資料室

説明
豊田ホタルの里ミュージアムの裏の小高い丘の上に鎮座する八幡宮です。豊田西八幡宮よりも先に建立され、豊田を代表する神社だったのですが、西の市が木屋川の西に移されたのちはやや寂れた感じになっています。もともとは水田の中にあって条里制の碁盤の目に沿った参道が南向きにのびていたようですが、明治に移転し、現在は西八幡宮と向かい合うよう西向きになっています。摂社として本殿の右手には河内神社、左手には石の祠が2基まつられています。オガタマノキ、ゴヨウマツ、モミノキ、スダジイ、ソメイヨシノなどが植えられ、植物観察の楽しいお宮です。
沿革
1187年、当時長門守護職であった豊田種弘の命により宇佐八幡宮から勧請されて八幡宮が建立されたそうです。その後大川の西に西八幡宮が建立されたのち、東八幡宮とよばれるようになったそうです。当初は殿敷の水田の中に南向きに建ち、境内は条理制に沿って100m四方の正方形に区画されていたそうです。
1363年豊田氏と大内氏の和談が成り、東八幡宮の南側に日輪寺という寺が建立され、神社の宝物が収められていたそうですが、1554年に失火により日輪寺が焼失したそうです。
1764年にも失火が起き、東八幡宮本殿が焼失しました。
1888年、明治政府の寺社改革に伴い、周辺地域の神社を合祀して現在位置に移転しました。
祭神
応神天皇、神功皇后、姫大神
合祀された神社と祭神
中畑 河内神社 天水分神
高熊 河内神社 天水分神
高熊 須我神社 素戔嗚尊
中ノ川 河内神社 天水分神
一ノ瀬 河内神社 天水分神
今出、台 河内神社 天水分神 1955年に再び分祀
今出、伊藤田 熊野神社 伊邪那美神、事解之男神、速玉男神
1950年に再び分祀
殿敷、向山 諏訪神社 健御名方神
今山、池ヶ迫 河内神社 天水分神
保々、杉谷 五穀神社 保食神





(文・写真:福富孝義)
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下関市立豊田文化財資料室
住所:〒750-0424 山口県下関市豊田町矢田153番地1(豊田図書館・西市公民館と同じ建物内)
電話:083-766-3479(10月2日以降の金曜日と土曜日の10時~16時)


